神は私たちにご自分の霊を分け与えてくださいました。これによって、私たちが神の内にとどまり、神が私たちの内にとどまってくださることが分かります。
私たちはまた、御父が御子を世の救い主として遣わされたことを見、またそのことを証ししています。
誰でも、イエスを神の子と告白すれば、その人の内に神はとどまってくださり、その人も神の内にとどまります。
私たちは、神が私たちに抱いておられる愛を知り、信じています。神は愛です。愛の内にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。
このように、愛が私たちの内に全うされているので、裁きの日に私たちは確信を持つことができます。イエスが天でそうであるように、この世で私たちも、愛の内にあるのです。
愛には恐れがありません。完全な愛は、恐れを締め出します。恐れには懲らしめが伴い、恐れる者には愛が全うされていないからです。(Rädsla finns inte i kärleken, utan den fullkomliga kärleken driver ut rädslan./There is no fear in love; but perfect love casteth out fear: because fear hath torment. He that feareth is not made perfect in love.)
私たちが愛するのは、神がまず私たちを愛してくださったからです。
「神を愛している」と言いながら、自分のきょうだいを憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える自分のきょうだいを愛さない者は、目に見えない神を愛することができないからです。
神を愛する者は、自分のきょうだいも愛すべきです。これが、私たちが神から受けた戒めです。
(ヨハネの手紙一 4:13-21)
『聖書 聖書協会共同訳』より引用

